大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(う)762号 判決

所論は、事実誤認の主張であつて、要するに、原判決は、被告人には本件犯行当時精神障害はなく、是非善悪を弁識する能力も、これに従つて行動する能力も有していたと認定しているが、被告人は、以前から幻聴があり、本件犯行の直前にも神霊が「大野正一の生命を預かつている。早く殺せ。」などと命じたことから殺害に及んだもので、犯行当時は極度の精神障害のため心神喪失ないしは心神耗弱の状態にあつた疑いがあるからこの点において原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠を精査検討するに、確かに、被告人は、捜査段階から原審及び当審公判廷を通じ、以前から神霊の声が聴こえる幻聴があって、神経を虐待され続けてきたが、本件犯行の直前にも神霊が「大野正一の生命を預かつている。殺してもいい。」とか「大野を早く殺してしまえ。」などと命じたので、これに抗し切れずに大野正一を殺害したものである旨、あたかも本件が神霊に操られた犯行であるかのような弁解を繰り返していることが認められる。しかしながら、その供述の経過を検討すると、被告人は、神霊の最初の発現時期につき一貫しない供述をしていることが所論の指摘にもかかわらず明瞭であり、また、その幻聴の内容についても、「神霊」とか「潔い精神病質」であるとか、その外いろいろな用語をしきりに強調するだけで、具体的な質問に対しては答をはぐらかしたり、その実体を問われると、場当たり的で一貫しない漠たる説明に終始しているのであり、これに、昭和五二年一月から被告人が逮捕される同五六年八月までの間定期的に被告人の高血圧症等の診察治療を続けてきた足立東部病院の医師鈴木良の原審証言によると、被告人は、その間、耳なりの症状を訴えたことはあるものの、同医師が幻聴の有無を問うと、それを明確に否定していたというのであり、また、被告人と接した近隣その他多くの者の供述によつても、被告人が幻聴に悩まされていたことを窺うことはできないこと、特に、被告人が幻聴を訴え始めたのは、本件犯行後約二か月を経過した逮捕の少し前ころからであることや、その表情、態度等に精神分裂病特有の症状は全く認められず、これに罹患していたことを窺わしめる状況は存しないこと、その他原判決が指摘する諸事実を合わせ考えると、被告人の実母が幻聴を伴つた軽度の精神分裂病に罹患した病歴を有することなどを考慮しても、原判決が、被告人は本件犯行の罪責を免れるため、幻聴に操られたかの如き供述をして精神障害者を装つているものと考えられ、被告人の右供述を信用できないと判断したのは正当として是認することができる。そして、関係証拠によれば、被告人は、少年時代から協調性に欠け、感情的で怒りつぽく、喧嘩をすることが多かつたことが窺われるが、中学校を卒業して上京したのちも、その思考は自己中心的で些細なことにも腹を立て易く、すぐ激昂して「しの」や刃物を持つて人を脅したり、自動車のタイヤを次々とパンクさせたり、あるいは自己の居室の壁やカーペツトなどをドライバーやラチエツトなどで傷つけたりするなどの行動をしばしばとつていたことが認められるのであつて、これに鑑定受託者医師中田修作成の精神鑑定書と同人の原審証言を参酌して考察すれば、被告人は、自己顕示性、爆発性、情性欠如などを主徴とする精神病質すなわち異常性格の性向があり、しかも、その程度はかなり高度であることは否定し難いにしても、他面、被告人は、神霊に操られたかのように言うその一方では、原判決が指摘しているように、被告人が趣味としていたクラシツク音楽のテレビ放送の件でいらいらしていたところへ、被害者が被告人の方を見ながら柏手を打つかのような仕種をしたのを見て自分を愚弄しているものと考えて激昂したことを一貫して述べているのであつて、被害者の右の仕種が被告人をして兇行に走らせるきつかけをなしたことを認めているものであるところ、前示のような被告人の異常性格と刃物に対する親和性にかんがみれば、被告人が痴呆の老人である被害者の右のような些細な仕種を見て自分を愚弄しているものと考えて逆上し、とつさに同人を殺害しようと決意し、兇行に走ることは考えられないことではなく、被告人の本件犯行は神霊とは関係のない行為として十分了解が可能であつて、動機の了解困難をいう所論はあたらないこと、また、犯行の態様をみても、確たる殺意の下に、被害者の背後から、その心臓を狙つて果物ナイフを一回深く突き刺し、その刃が同人の左肩甲骨下部に突き刺さつたまま根元から折れてしまうや、今度はうつ伏せに倒れた被害者の背中をドライバーで二回突き刺したというものであるところ、被告人のような自己中心的で冷たく、すぐかつとなりやすいサデイスト的性格からいつて、その殺害方法は格別異様とはいえないし、果物ナイフのほかにドライバーを使用したからといつて、それが所論のように異例なことであるとはいえないこと、加えて、犯行後の罪証隠滅工作に至つては、被告人は、犯行直後、犯行に用いた果物ナイフの柄と鞘を付近の駐車場の草むらに投げ棄てたり、指紋を残さないように雑布を宛がつて被害者の居室入口の上部にある安全器を外して、その居室の電灯を消したり、雑布でその入口戸の把手を拭いて自分の指紋を消すなどしているのであつて、その行動は誰が考えてもその犯跡を隠蔽するためになした理にかなつた冷静な行動であるといえること、逮捕されたのちは、本件犯行のてん末について具体的かつ詳細に供述し、その記憶も正確で、他の証拠ともよく符合しているのであつて、本件犯行当時その意識は清明で混濁しているような状況は全く窺うことができないことなどが認められるのであつて、これに、医師中田修作成の精神鑑定書と同人の原審証言によれば、「被告人は犯行時及び現在において、異常性格のほかには特別な精神障害は存在しない、被告人は幻聴などを訴えているが詐病を試みているものと考えられる、本件犯行時の責任能力に著しい障害はないと考えられる。」というのであり、所論にもかかわらず、その鑑定結果に疑義を挟む余地は見出し難いことをも合わせて考えれば、本件犯行当時、被告人には精神障害は全くなく、事の是非善悪を弁別し、これに従つて行動する能力が全くなかつたとか、あるいは著しく減弱していたことは到底認められないから、原判決の認定判断に誤りはなく、当審における事実取調べの結果によつてこれを覆す余地はない。

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